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三重津海軍所跡を世界遺産に!登録実現をアピール

9月議会の開会日(9月1日(月))に、全議員と執行部職員が世界遺産ポロシャツを着用して、『三重津海軍所跡を含む「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」』の世界遺産への登録実現をアピールしました。

本市議会は、『「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の世界遺産登録に関する決議』を平成26年6月25日に全会一致で可決し、「世界遺産登録に向けて、市民の機運醸成を図りながら、国、佐賀県並びに関係市町村、関係団体等の機関に働きかけを行い、その目的実現に向かって積極的に取り組むものである。」と決議しています。

このため、この取り組みの一環として実施したものであり、9月議会の閉会日(10月3日(金))にも同様の取り組みを実施することになっています。

世界遺産ポロシャツ

決議文(平成26年6月25日)

「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の世界遺産登録に関する決議

 「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」は、造船、製鉄・鉄鋼、石炭産業の重工業分野に西洋技術を移転する上で、他に類を見ないプロセスを証明する資産群であり、非西洋地域において近代化の先駆けをなした経済大国日本の原点を訪ね、語り継いでいく上で、極めて重要な遺産群である。
 その構成資産の1つである三重津海軍所跡は、近代造船の産業化の揺籃期の段階を示す遺産である。幕末に藩主鍋島直正を中心として近代化事業に取り組んでいた佐賀藩は、幕府が設置した長崎海軍伝習所に多くの藩士を派遣し、そこで習得した洋式艦船に関する技術と情報を基に、佐賀藩海軍を創設するため、安政5年(1858年)に和船の管理地であった三重津に御船手稽古所を設置した。その後、訓練場や藩所有の洋式艦船のメンテナンスに必要な修船施設を整備し、海軍所としての体裁が整えられた。佐賀藩は、限られた情報の中で、西洋技術の獲得と実践を進めるにあたり、日本古来の伝統技術を巧みに用い、試行錯誤を重ねて取り組んだ。その証跡である国内最古の乾船渠を初めとする修船施設の遺構群は、近年の調査により地下に良好な状態で保存されていることが評価され、平成25年3月27日に国史跡として指定された。
 幕末から明治にかけての急速な近代化を物語るこのような遺産群を世界文化遺産に登録する取り組みは、平成21年1月の「九州・山口の近代化産業遺産群」のユネスコ世界遺産暫定一覧表への追加記載を皮切りに本格的に進められ、平成26年1月には、日本国政府により、「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」として推薦書正式版が国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産センターに提出され、順調に展開されている。
 そして、本年度夏から秋には、ユネスコの諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)が現地調査を行うことになっており、来年度の世界遺産委員会の登録審査に向けた取り組みは、最大の山場を迎えるに至っている。
 よって、本市議会は、「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の世界遺産登録に向けて、市民の機運醸成を図りながら、国、佐賀県並びに関係市町村、関係団体等の機関に働きかけを行い、その目的実現に向かって積極的に取り組むものである。

 以上、決議する。

  平成26年6月25日
                    佐 賀 市 議 会
平成26年9月22日更新
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